2009年4月20日 (月)

電車道 第七十三回

新潟交通電車線(経過10年)

現存車両・5両

モハ11…新潟市南区月潟(旧月潟駅)
モワ51…同上
キハ116…同上
クハ45…佐渡市加茂湖遊覧船待合所(遊覧船運行休止のため閉鎖中)
クハ46…埼玉県秩父地方(個人所有)


現存駅舎・1駅

月潟


解体駅舎・18駅(経過)

東関屋・電車工場(マンション・デイサービスセンター・福祉施設・市営住宅)
東青山(整地・一部緑化)
平島(整地)
寺地(整地)
ときめき(整地)
焼鮒(整地)
越後大野(整地)
黒埼中学前(整地)
新大野(整地)
木場(整地)
板井(整地)
七穂(整地・一部道路化)
吉江(整地)
味方中学前(公園)
味方(整地)
白根(公園)
千日(整地)
曲(緑化整地)


先行廃止区間・6駅

白山前・県庁前(公園・一部道路化)

六分(住宅地・遊歩道)
新飯田(公園)
小中川(公園・遊歩道)
灰方(住宅地・公園)
燕(JR返還・住宅地)

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2009年3月 6日 (金)

電車道 第七十二回

*燕*

・1933(S08)08.15 新潟電鉄株式会社燕駅開業
・駅は越後鉄道(現JR弥彦線)燕駅として1922(T11)04.20〜開業している
・新潟交通電鉄線ホームは3番線
・「車電行潟新」とホームに書いてあったのが印象強い
・起点白山前駅より36.1km
・引込線あり


*丸山コレクション矢立キセル館車10分

・煙管(キセル)製造業を営んでいた丸山清次郎(1900-1982)が収集した
煙管(喫煙道具)、矢立(携帯用筆記具)を集めた史料館。
・装飾の施された細工や彫金が見所。
(燕市産業史料館 別館丸山コレクション矢立煙管館・燕市大曲)


*安了寺の天然記念物大白藤車15分

全国にもまれな白藤の大樹。
樹齢300年と言われており、S33年に新潟県指定天然記念物
5月中旬が見頃で、純白の花とその香りが訪れた人を陶酔させる。
(燕市八王寺)

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2009年1月16日 (金)

電車道 第七十一回

新潟交通電車線1日フリー乗車券

乗車券の観光案内だけではよく分からない史跡も多いので、
今回より少しずつフリー乗車券を辿って説明や等していきたいと思います。

*弥彦*

・西蒲原郡弥彦村
・高さ634mの弥彦山がシンボル
・弥彦神社は天香山命(あめのかごやまのみこと)を祀る越後一の宮。
・弥彦駅はJR弥彦線の始発駅で寺社作りの駅が見事。
・電鉄とJRと唯一連絡していたのが燕駅のため、
弥彦線燕駅を経由して吉田(越後線)、東三条(信越本線)方面からの人や物の行き来が沢山あった。
そのため電鉄車両は、JR弥彦線を経由して貨物扱いで新潟鉄工所へ引かれてゆき、
ワンマン化改造を施されている。

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電車道 第七十回

県庁前駅の中にあった喫茶店「べるっこ」
お店に入られた方、どのようなメニューがありましたか?
どのくらいのお店の広さでしたか?
どんなお店でしたか?
ホームからベルっこの可愛い軒先が見えていて、
発車を待つ電鉄車内からどんなお店だろうと、
中を見ている人も多かったと思います。
県庁前駅の発車ベルは非常ベルのような、けたたましい音。
駅だけでなく周囲にも響き渡り、早く電車に急げ!と乗車を促します。
車内で待機するお客さんも耳を塞ぎたくなり、
あまりの激しさに泣き出す赤ちゃんも出るくらいの大変な音でした。
現在の鉄道会社は、柔らかな音に変えたり、メロディーに変わりつつあります。
そんな昭和の激しい鉄道発車ベルを、お店の名前に可愛くつけてしまうとは。
廃線になる前にコーヒー一杯頂いて味わえばよかったなと思うお店です。

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2008年11月17日 (月)

電車道 第六十九回

鉄道線を持つバス会社は社会的に信用度が違う。

10月末に逝去された、蒲原鉄道株式会社社長の故・茂野新一氏の言葉である。
一般路線・高速バスの運行や旅行代理店業務など、
鉄道会社で取り扱う商品は一流である。
これは鉄道会社の持つ力の大きいことを表している。

鉄道敷設にあたって沢山の免許状や許可証が必要になる。
運転時刻も申請認可が必要。
線路や駅、車両は勿論、
線路用の土地、信号機、鉄橋…すべてを自社で揃える。
莫大な費用と労力をかけて開通し、鉄道線は地図に載る。

どんなに急いでいても、救急車や消防車も遮断機が降りたら全ての道は鉄道に譲られる。
どんなに小さな鉄道でも、鉄道には優先権がある。
それは、いかに昔から鉄道の運ぶ人や物を待つ人が多かったかを表しているのではないか。

鉄道の持つ力。
鉄道の生む力。

大正十一年、新潟県で最初の電気鉄道を走らせて七十七年、
新潟県最後の私有鉄道として走った蒲原鉄道。
祖父が作った鉄道を孫の私が潰す皮肉になったが、
私の目の黒い内はバスになっても「蒲原鉄道」である。
と仰っていたのも印象的な言葉である。
そこには、鉄道に対する敬意と誇りが表れている。
ずっと鉄道人として関わっていたかったのかもしれない。

当保存会は蒲原鉄道様からも沢山のご厚意を頂いております。
謹んで御冥福をお祈りいたします。

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2008年10月 2日 (木)

電車道 第六十八回

新潟市南区の公民館主催事業「見たい!知りたい!!南区まるかじりっ!!!*南区地域学*」が始まった。
第五回の講座だが、一回毎の参加も可能だそうだ。
10月22日(水)の第3回には"「味方」を歩く"という題で白根駅〜味方駅間を歩く。
旧白根駅公園・笹川邸まで歩き、帰路は区バスに乗る。
南区となった月潟村、味方村、白根市を結ぶ物・共通点は新潟交通電鉄がまず挙がると思う。
まだ整備されず跡地が残されたままの1.9kmを
どんな思いで参加者は歩くだろうか。
時代背景、建設計画、地域の信頼関係など。
ここから見える「南区地域学」とは。

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電車道 第六十七回

今年は電鉄が目の前に走っている学校、私立学校法人石善学園・新潟第一高等学校が30周年を迎えて、記念式典が挙行された。
新潟交通の電鉄が走っているからという理由で今の所に学校が建設されたかは分からないが、
家の近くに電鉄が走っているから、という理由で新潟第一高校を受験した人は沿線に沢山いるのではないかと思う。
中等部もその後新設され、新潟第一高等学校は新潟県内初の中高一貫校となる。
大昔はこの土地に硫酸会社があり、辺りに異臭がしていたと言われている。
戦前で新潟交通電車線の前身、新潟電鉄株式会社だった時代、東関屋駅から県庁前駅の軌道を小型電車が走っていた時は「硫酸会社前」という停留所もありました。
工業地帯から一転した関新地域。
そこには明るく賑やかな学生達の笑顔がある。
ここから新潟の未来を築く若者が巣立っている。

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2008年8月 3日 (日)

電車道 第六十六回

日本テレビ系列で毎年夏の恒例の番組。
24時間テレビ・愛は地球を救う
この番組に新潟交通の電車も写ったことがある。
何を隠そう欽ちゃんこと、萩本欽一さんが黄色いTシャツを着て
白山前〜燕まで乗っているのだ。
その模様はもちろんテレビ中継されている。
まだ感動と涙の24時間マラソン企画がなかった昭和60年代のこと。
こんな田舎電車に乗りに来てくれたのかな、
と信じられないかもしれないけれど、
またこんな企画が復活してくれたらうれしいなと思う。

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電車道 第六十五回

連接バスがお盆期間限定で新潟を走る。
耳慣れないバスだが、二両つながっているバス。一度に大量輸送できることが最大のメリットの路線バス。
はるばる神奈川からやってくる。
だが、新潟で一番の繁華街、新潟駅〜万代〜古町という区間を走らないので、観光バス扱いで
通勤通学ラッシュ時の使い勝手は不明である。
新潟駅ターミナルにつけるのか。
ビッグスワン専用のバスにするのか。
雪の降る冬の新潟は大丈夫か。
パーク&ライドのパークとアクセスは十分か。


二両つながっている様子は、最近流行の路面電車LRTを思い起こさせるが、
バスなので軌道の保線作業が不要である。

最新の車両、スムーズな大量輸送、確保された本数が理想的である。

新潟の生活に新しい風は吹くのか。

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2008年6月30日 (月)

電車道 第六十四回

新潟交通電鉄の車両。
栃尾鉄道や江ノ電、長崎の路面電車等と同じような配色。
黄色と緑色に塗り分けられていて、
斬新さや面白味がないかもしれない。
ただ、年配の方が思い浮かべる電鉄の車両は、
月潟の保存車両と違って、
旧デザインを思い浮かべる方が多いようだ。
配色は同じ黄色と緑色なのだが、
前面が新潟交通路線バスの青と銀の塗り分けと同じように、
扇型に塗り分けがされていた。
銀色は緑色、青は黄色。

新車導入がきっかけなのか、
なぜデザイン変更になったのか分からない。
鉄道とバスが活躍していた時代の話。

さらに大昔、第二次世界大戦前後は青や茶色で車両が一色に塗られていたと言う。

明るい黄色と緑色をした電車は
平和な世の中、豊かな社会の象徴に人々は見えたのではないでしょうか。

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