2008年5月20日 (火)

電車道 第六十三回

1982年新潟交通電鉄ワンマン化。
ワンマン化で必ず導入される物の一つ、運賃箱・両替機。
現在、同社バスの最新式運賃箱は、投入金額がカラーで表示される。
運賃を多く投入しても釣り銭が出てくる機種ではないので、両替機付き。
バスカード対応。

ワンマン化で電鉄車両に新しい運賃箱が付き、
両替は硬貨の他に、紙幣の千円札と五百円札対応だった事が
保存されているモハ11で分かる。
五百円札・千円札の両替はこちらですよ、
という案内が付属のプレートに書いてある。
(長年の日焼けで読みにくくなっています。)
五百円硬貨が鋳造されると
流通上、五百円札は廃札扱いとなるため、
最後はもっぱら千円札の両替。
ひっそりと消えていった昭和の五百円札。
運賃を払うつもりで立ち止まって眺めてもらいたい、昭和の記憶です。

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2006年8月 6日 (日)

電車道第四十一回

新しい交通の開通と、水路の埋め立てでひっそりと姿を消した舟運。
新潟市合併記念展 新潟の舟運 川がつなぐ越後平野の町・村
企画展示が新潟市立歴史博物館で開催中です。
新潟市を中心とした企画展示ですが、阿賀野川船道、信濃川船道、蒲原船道(西川)はすべて水運でつながっておりました。
江戸時代の年貢米、物資、人の移動が水運を使っていたことが分かります。
また、中ノ口川の着船場と電鉄の駅が重なります。
古い農家や倉のある家には自家用の舟がしまってあったりします。
みなさんの周りに『潟』や『新田』のつく地名はありませんか?
今はなき水路があり、きっとそこから大きな川へ舟がでていたに違いありません。

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2006年7月 3日 (月)

電車道第四十回

石油の値上がり。
昨年からどんどんと石油の値上がりがつづく。
石油製品を扱う会社が次々と値上げやむなしと値上げ発表をしている。
トイレットペーパー、ティッシュなど身近なもの、そしてさらにまだ、増えるだろう。
ガソリンも一度に4円から7円の値上げとのこと。
失礼ながら、石油元売り会社はどんな企業努力をしているのか、会見を見ても一般市民にはよく伝わってこない。

一方、石油を燃料とする運輸業は価格競争や公共性から運賃を現状維持している。収支は厳しくなっているだろう。
ガソリン値上げを機に自家用車からバスや電車に切り替えようと思う人はどれくらいいるのだろう。
6月から駐車監視員制度も導入された。駐車場の確保も一苦労だろう。
バス、電車に乗ってみませんか?
あなたのまわりの公共交通機関は不便ですか?
歩くこと、待つこと、乗ること、見られること…
何が不便ですか?

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2006年6月10日 (土)

電車道 第三十九回

五月に映画の撮影があった。
月潟駅をロケ地の一コマとして使うそうである。
月潟に限らず、駅は沢山の撮影現場に用いられている。
自動車社会になっても、旅行会社はもちろん、ファッション誌の背景やタバコのCMなど、国内外を問わず、すたれずに時代の先端をゆき続ける。
駅の何が私たちを引き付けるのか。
駅には行く先がある。
行った先には未来がある。駅のベンチ、ホーム、改札、柵、無人駅。
そこに人がいるだけで、私たちは未来に引き付けられる。

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2006年5月 7日 (日)

電車道第三十八回

>この里の桃のさかりにきてみれば流れにうつる花のくれなゐ
良寛

良寛様が有願和尚の住む新飯田に訪れた際に詠んだ和歌です。新飯田近隣は江戸時代から桃の栽培が盛んだったことが歌からうかがえます。
また、桃色の花の美しさと、中ノ口川にうつるおだやかな流れが広がる一首です。
四月末の開花時期にはカメラファンが、熱心に桃の花の撮影にきています。
新潟市へと合併した月潟、味方、白根は来年4月に一つの区となる予定です。区名候補の一つに“桃花”(ももはな)が候補に挙がりました。桃の花、美しい印象を与えましたが、区の特産は“桃”という強い印象を与えてしまうのではないかと気になりました。桃花区の梨、桃花区のコシヒカリ、桃花区のユリ、桃花区の○○…

今まで作り上げ、育ててきた地域ブランドが生かせるような区名にと思います。

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2006年4月 4日 (火)

電車道 第三十七回

新潟交通電車線(経過7年)

現存車両 5両
モハ11、モワ51、キ116…新潟市月潟
クハ45…佐渡市・加茂湖遊覧船待合所(遊覧船運行休止につき現在閉鎖中)
クハ46…埼玉県・秩父(個人所有)

現存駅舎 3駅

寺地(ホーム一部撤去)
ときめき
月潟


解体駅舎(経過)16駅

東関屋・電車工場(福祉施設・市営住宅・分譲マンション建設中)
東青山(整地)
平島(ホーム有)
焼鮒(ホーム有)
越後大野(ホーム有・2番線待合室残存)
黒埼中学前(更地*線路生埋め)
新大野(ホーム有)
木場(ホーム有)
板井(ホーム有)
七穂(整地・一部道路化)
吉江(ホーム有)
味方中学前(公園)
味方(ホーム有)
白根(公園)
千日(整地)
曲(緑化整地)


先行廃止区間 6駅
白山前「県庁前」(公園・道路)
六分(住宅地)
新飯田(公園)
小中川(ホーム有・鉄道施設を利用した公園・遊歩道工事中)
灰方(住宅地・公園)
燕(JR返還・住宅地)


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2006年3月 5日 (日)

電車道 第三十六回

新潟市立歴史博物館で新潟絵図展が開催されています。
展示品の中に色鮮やかに描かれた巻き物。
吉田初三郎氏が描いた新潟市鳥瞰図の原画があります。
吉田氏は全国の鉄道会社の沿線ガイドなど、絵図作品を多く手がけた人物。
目立つ建築物や景勝地、実際には見えないが遥か先にある都市などを特徴的に地図に描き入れたパノラマ作品を多く残している。
県庁前から続く電鉄線は燕まで。
そして、国鉄省線越後一ノ宮・弥彦へ結ばれている。
活気あふれる港町・昭和十二年の新潟絵図は、当時の人達の旅行心をかきたてただけでなく、時を経た今日でも私達を魅了させてくれる。

新潟市立歴史博物館「みなとぴあ」のリンク
http://www.nchm.jp/contents02_gyoji/02_kikaku_200505_top.html

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2006年2月 4日 (土)

電車道 第三十五回

先日1月26日の新潟日報の紙面に掲載されましたが、月潟駅が老朽化により、一部解体されます。戦後に増築された宿直室部分などが対象です。駅の通用階段部分(現在は通行禁止)からは、一部の基礎部分と柱がつながってないのが分かります。現在どういうバランスで、建っているのか不思議な状態です。

昨夏の木場駅解体作業で、きしみながらバリバリと音を立てて解体される様子は、見ていて心が痛くなりました。

月潟駅だけは長く残ってほしいと強く思いました。今回の解体は危険箇所を取り除くためでやむをえません。改修されても変わらず、沢山の人達から月潟駅が愛されますように。

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2006年1月 1日 (日)

電車道 第三十四回

年末に新潟下越地方が停電となった。
師走の忙しさの中、プツリと電力がとだえた。
明るさ、暖かさ、物音が止まる。
ほんの二・三分かな、と思ったら日没しても通じない地域が多く、何時間も寒さに震えた人も多かっただろう。
ライフラインの水道も止まった家庭・事業所、帰宅困難者、自家発電装置がうまく稼働しなかった県・市庁舎、信号機の点かない交差点など。
東北電力の“想定外”の停電は、我々市民に多くの不自由さを与えた。
目には見えないが電力は、様々な物へ力を与える。電気のエネルギーがなければただの箱、という物が沢山あるはずだ。
電気のある普通に過ごせる生活に感謝しつつ、新年は明るい一年でありますように。

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2005年12月 4日 (日)

電車道 第三十三回

新潟市立黒埼図書館で『ふるさとの点描展』が開催されています。
11月19日~12月4日までが第一期[なつかしの新潟交通電鉄線と黒埼まつり]
6日~22日までが第二期で[黒埼 西東]
やわらかな水彩画で、黒埼を中心とした風景画約130点を二会期に分けて展示されます。

第一期は黒埼町を通っていた電鉄線が中心で、東関屋~月潟のすべての駅が描かれていました。
第二期は黒埼の建物や町の風景が予定されています。

移りゆくは四季の調べ、変わりゆくは世の流れ。
展示してある作品を見るとふるさとを思うあたたかい気持ちになれた気がします。

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2005年10月31日 (月)

電車道 第三十二回

新潟県内のJRでは駅の立て替えが相次いで行なわれている。
亀田駅が新しくなり、次は関屋駅の建設が着工した。
新しく建てられる駅にはエレベーターが付き、線路を挟んだ両側の地域(駅前と駅裏)から乗られること、そして陸橋部分で改札口があるのが特徴だ。
1932年建築、古くてもまだまだ建物は使えるように見えるのだが、
バリアフリーの大義の下にすべて新しく建て替えられる。
変わってほしいもの、ずっと変わらないでいてほしいもの。
駅という沢山の人が交差する空間では、人の数だけ思いはあると思う。
道がつながる喜び、同じホームでいつもの電車を待つはずなのに感じる新しい風。
新しい駅では新しい出会いがあるかもしれない。

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2005年10月 2日 (日)

電車道 第三十一回

1955(昭和30)年10月1日未明、新潟県庁隣の県教育庁舎から出火。
佐渡沖を通過した台風の西からの風が炎を煽り、新潟大火となる。
燕、三条、白根、大野、新発田、亀田、隣接各地の消防が応援に向かった。
死者は0人だったが、
通報・初期消火の遅れ、木造建築物の多さ、飛び火火災の続発、他都市と比べて低かった新潟市の消防機能のため
大通り、繁華街、デパート、市役所が火に包まれた。
消火には半日以上かかったという。
電鉄県庁前駅は建築当時珍しかった耐火レンガを用いた建物だが、火元とは目と鼻の先である。
幸いにも、南風が吹かなかったため延焼を免れた。
新潟大火から50年。
復興してきた新潟を、安全で住みよく次世代へ渡したい。

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2005年9月 2日 (金)

電車道 第三十回

御存じの方も多いかと思いますが、
焼鮒に続き、木場駅が七月三十日に解体されました。
これで月潟駅以外の駅舎はすべてなくなりました。
月潟の方、沿線で乗車された方、遠くに住んでいる方…
沢山の人達から月潟駅がずっと見守られたらいいな、と思いま
す。
9月23日(祝)大道芸フェスティバルでは、駅舎・保存車両を開けて皆様のお越しをお待ちしております。
電鉄の駅はこんな雰囲気であった、
という空気を感じとっていって下さい。

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2005年8月 2日 (火)

電車道 第二十九回

東関屋駅跡地はマンション建設の着工を迎えた。
十階以上ある建物だそうだ。
すでに、バス駐車場部分は市営住宅が建設中である。
汽笛一声、東青山を発車して、関屋大橋を渡り、関屋分水を望むと、新潟県庁が見える。
ゆっくりと下り、東関屋駅へ。
かつては新潟県庁舎が随分と大きく、間近に見えた。
電車に揺られながら一、二、三…と県庁の窓の数を一生懸命数えた人も少なくないだろう。
今では新しい高層建築物も増えて、県庁も何だか小さく見えてしまう。
大きな青空、キラキラした信濃川、夏の花火も見えた駅の空間がマンション住宅へと変わります。

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2005年7月 1日 (金)

電車道 第二十八回

今年の四月に電鉄代替バスの大きなダイヤ改正が初めてあった。
月潟発着の便はほぼ同じだが、月潟発BC行終バスは18時55分となる。
休日にはなかったBC発月潟行16時台の便は、できて帰宅者には都合がよくなったと思う。
しかし、潟東営業所発着の便が4往復減便となっている。
たとえるなら、『東関屋発~白根行』の電車の便が4往復減ったのだ。
そう考えると、ダイヤの一本一本が大きく感じてしまうのは気のせいか。
始発・関屋大川前一丁目(東関屋駅前)は大野発月潟行となった。
廃止から六年が経ち、電鉄の運行ダイヤがどんなだったか、分からなくなりつつある。

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2005年6月 1日 (水)

電車道 第二十七回

二十歳という年の差があったが、新飯田の有願(うがん)和尚様と親交が厚かった良寛様。
フリー切符にお坊さんの絵が書いてありますが、『有願会』が発足されており、人柄や親交を語り継ぐ会が新飯田にあります。
そこで、講演会があると知り聞かせて頂きました。
良寛様は手鞠つきつつ…だけでなく、漢字を多く知っていて漢詩も沢山作られていたこと。
また、良寛様の生きていた頃は新飯田まで信濃川を使い、船で有願様の庵まで往来できたこと。
(江戸時代の三条地震で信濃川・中之口川の分流地点が変わったのだそうです)
聞くことすべてが若輩の私には新鮮で驚きでした。
有意義な時を過ごせたと思います。
有願会様、並びに講師の谷川先生の御発展と活躍を祈念しております。

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2005年5月 2日 (月)

電車道 第二十六回

JR西日本で大きな事故がおきてしまった。
百名以上が亡くなる大惨事である。
乗客は切符を購入して運転士に命を預ける。
新潟交通の電鉄路線で過剰なスピード・運賃競争する鉄道会社はなかった。
大きな事故なく新潟交通電車線は廃線を迎えることができた。
運転士さんをはじめ、絶えず安全を守ってくれた方々、
ありがとう。
そして、このような痛ましい事故はもうおきませんように。

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2005年4月 5日 (火)

電車道 第二十五回

新潟交通電車線(経過六年)

現存車両 5両
モハ11、モワ51、キ116…新潟市月潟
クハ45…佐渡市・加茂湖遊覧船待合所(遊覧船運行休止につき現在閉鎖中)
クハ46…埼玉県・秩父(個人所有)

現存駅舎 5駅

寺地(ホーム一部撤去)
ときめき
焼鮒
木場(一番線駅舎のみ)
月潟


解体駅舎(経過)14駅

東関屋(福祉施設)
 電車工場(整地工事中)
東青山(整地)
平島(ホーム有)
越後大野(ホーム有・2番線待合室残存)
黒埼中学前(ホーム有)
新大野(ホーム有)
板井(ホーム有)
七穂(整地・一部道路化)
吉江(ホーム有)
味方中学前(整地)
味方(ホーム有)
白根(公園)
千日(整地)
曲(緑化整地)


先行廃止区間 6駅
白山前「県庁前」(公園・道路)
六分(住宅地)
新飯田(公園)
小中川(ホーム有)
灰方(住宅地・公園)
燕(JR返還・住宅地)

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2005年2月28日 (月)

電車道 第二十四回

NHK新潟放送の夕方のニュース番組、『児童画廊』のコーナー。
六日間に分けて、月潟小学校の子供達の作品が放送されました。
どれも立派な作品ばかりでした。
金曜日は六年生が廃線跡遊歩道から越後獅子の歌碑とラッセル車を描いた水彩画で力作でした。

電鉄廃止後に新一年生として入学した児童達は、もう六年生。
この春、中学生になります。
卒業おめでとう。

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2005年1月31日 (月)

電車道 第二十三回

循環バスが白根市にも導入された。
燕市や加茂市は既に走っており、地域の足として小回りをきかせている。
購入した車両は天然ガスを使用した環境に優しい車だそうだ。
赤字路線を引き継いで走るとはいえ、一日二巡・四回しか地域に来ないのでは使い勝手と採算性、共によくないままなのではないかと思う。
循環バス・公営バスとは、なんだろう。

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2005年1月 2日 (日)

電車道 第二十二回

電鉄路線の両端には大きな神社があります。
県庁前(白山前)駅の目の前は白山神社。
燕駅は接続しているJR弥彦線に乗り換えて弥彦神社へ。
どちらも新潟で一、二の参詣者を誇る神社です。
JR弥彦線は二年参りのための臨時列車が走ります。
電鉄も区間廃止前は、大晦日の夜に臨時列車が走りました。
新しい2005年が希望のある、温かい年でありますように。
がんばっていこう 新潟

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2004年12月 5日 (日)

電車道 第二十一回

新潟県内の地域の言葉で『冬至十日前』という言葉があります。冬至の十日前の日が一番日照時間が短い、という意味です。
(逆に、夏至十日前が一番日が長いとされます。)
日本の標準測候所と北にあたる新潟の緯度の違いからうまれた先人の言葉です。
日が暮れるとパチッ、パチッとパンタグラフから火花を散らして走っていく電鉄が見えました。
明るいために見えないだけで、実際は日中でも出ていたと思います。
日が沈むのが早いこの時期は何度も見かけられました。

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2004年11月 1日 (月)

電車道 第二十回

余震がまだ続く新潟県中越地震。被災地へ連日、ヘリコプターが飛んでいく。10月23日の土曜日、夕闇の時間帯に大きく揺れた。
事態は新聞やテレビの報道の通り、衣食住・経済にわたり大きな被害である。
越後平野を走る新幹線は橋脚だけが残りシーンとした。被災地は有数の豪雪地帯でもある。
早急な復興を願ってやみません。

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2004年10月 2日 (土)

電車道 第十九回

電車線一日フリー乗車券

昭和62年(1987)9月16日から発売されました。同月の秋分の日に催された月潟祭りでは好天で、170人の方がフリー乗車券を利用されたそうです。その後、表の図柄変更は大きく二度ありました。

初代フリー乗車券は表面が写真ではなく、電車の絵が描いてあります。

二代目は二両編成がハザ並木を走る写真が横一杯に。

三代目フリー乗車券は左半分に同様の写真。

電鉄廃止決定後にはこの乗車券を使って大勢の方が乗車されたと思います。手元にとっておいてある方、ずっと大切にして下さいね。

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2004年8月30日 (月)

電車道 第十八回

新潟市立歴史博物館の“新潟の乗り物展”を見に行った。
当会も電鉄に関する出品をしました。

現代になり見かけなくなりましたが、青地に白線で描かれた旧電鉄本社の県庁前駅の見取図、新潟駅までの延伸計画図など御覧頂けたでしょうか。乗り物に関する新旧資料、講演、模型走行会やボンネットバス乗車体験… 様々な催し物は見る・聞く・触るなど五感で楽しめた企画だったと思います。

八月、南魚沼郡湯沢町にボンネットバスが広島県福山市から到着しました。観光の呼び物として地元の建設会社が購入したそうです。バスとして新たな第二の人生が始まります。

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2004年8月 1日 (日)

電車道 第十七回

川を利用して水運交通が発達した。
川に堰がなかった時代、船で長距離の移動ができる。
親鸞の活動先も信濃川や阿賀の川など。

その後、鉄道の開発で、より多くの人や物を、より早く遠くに移動できるようになった。
新潟交通も川にぴったりと沿って走る。

さらに、道路網の整備。
国道や高速道路、住宅街や小路の舗装化。
マイカー時代。
乗って着く先は最終目的地へ。
ドアからドアの時代へ。
川に沿うように鉄道が走り、鉄道のそばには道路が走る。

未来、次はどんな交通手段が走ると思いますか?

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2004年7月 1日 (木)

電車道 第十六回

燕市内の小学校から、旧月潟駅を見学したいというお話を頂きました。
新潟交通電車線が走っていた事を、地域学習の時間で勉強したいとのこと。
93年に燕-月潟の廃止。来て頂く小学生はその頃、まだ生まれていません。お米、青果物…沿線の様々な物が電車を使って運ばれました。
電鉄燕駅は国鉄(JR)との唯一の連絡駅で重要役割を果たしました。
また“つばめかよい”という言葉通り、金属業に従事する人達の通勤に利用されました。
電鉄の駅や車輌は古く、今のJRと違う点が幾つもありますが、興味を持って頂ければ幸いと思います。

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2004年5月30日 (日)

電車道 第十五回

NHKの衛星放送で鉄道の番組が連日放送されている。
日本列島縦断鉄道の旅1万2千キロ。
JRの路線を使って北海道の稚内駅から佐賀県の肥前山口駅まで最長一筆書きで行く企画。
出発は5月6日。
新潟県内は5月15日に入り、隣県に出たり入ったりしながら、5月20日に通り抜けて行った。
路線の新設と廃止で変わってしまう最長ルート。鉄道紀行文で有名な故宮脇俊三氏の“最長片道切符の旅”とはかなり違っている。
42日間無事に乗り継いで鉄道の魅力、日本の魅力を伝えてほしいと思います。

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2004年5月 9日 (日)

電車道 第十四回

代替バスと電車。
近年、新潟交通グループは路線バスに
上限運賃制を取り入れた。
月潟-バスセンター線も適用路線となり、
片道で最高600円。
買物バスカード、1000円で、1400円分使える。
バス停留所は二十以上。
大野からは既存のバス路線があるので、
電車の廃止はバスの増発になる。

電車で月潟-新潟駅は790円。
日曜・祝日の1日フリー乗車券は1030円。
駅は19駅。
鉄道の利点は速さ、時間の正確さ。
だが、廃止となった。
電車線廃止は惜しかったけれど、
バスの手頃感は明らかである。

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電車道 第十三回

平成11年(99年)4月4日廃止
新潟交通電車線(経過五年)

現存車両 5両
 モハ11、モワ51、キ116…月潟村
 クハ45…佐渡市・加茂湖遊覧船待合所
 クハ46…埼玉県・秩父(個人所有)

現存駅舎 10駅
 東関屋(半壊・工事中・電車工場撤去)
 寺地(ホーム一部撤去)
 ときめき
 焼鮒
 越後大野
 新大野
 木場
 吉江
 味方中学前
 月潟

解体駅舎(経過) 9駅
 東青山(整地)
 平島(ホーム有)
 黒埼中学前(ホーム有)
 板井(ホーム有)
 七穂(整地・一部道路化)
 味方(ホーム有)
 白根(公園)
 千日(整地)
 曲(緑化整地)

先行廃止区間 6駅
 白山前「県庁前」(道路)
 六分(住宅地)
 新飯田(公園)
 小中川(ホームのみ現存)
 灰方(住宅地・公園)
 燕(JR返還・住宅地)


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電車道 第十二回

でんしゃにちゅうい

白い板に黒で筆書きされた注意の立て札。
子供でも誰でも読めるひらがな。
白いけれど杭の部分をよく見ると、
少し擦り減った使用済のレール。
主に新大野以南(燕寄り)の区間で多く、
田畑や中之口川堤防へ行き来する際に通行する往来の少ない道。
警報機がなく、枕木を置いて段差を改善した踏切の脇に多く立てられていました。
バス・電車を問わず、
文字は丸ゴシック体を使用する新潟交通では異色の存在。
沿線で何種類かある立て札の中で、
見ると一番あたたかさが伝わるような気がしました。

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電車道 第十一回

事故ゼロの日。
新潟交通は社内外に安全意識をPRするため、
毎月21日はバスに安全旗を揚げて走っています。
三角旗で、上下半分に分けて黄色と緑の配色。

21日 事故ゼロの日 
新潟交通

という言葉が入っています。
図案は社内公募の結果、
電車部の当時の七穂駅駅長さんの作品が採用され、
昭和51年からバスにつけられています。
安全運転で走る運転士さん、
安全第一で車両を守る整備士さん、
たくさんの方の安全に守られています。
雪や雨の降る変わりやすい時期です。
私達も安全運転に気をつけましょう。

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電車道 第十回

除雪車の季節。
東北地方で雪が降りラッセル車が出動すると、季節感と珍しさから風物詩としてテレビで放送される。
除雪専門のラッセル車はどんどん少なくなり、今は機関車に雪はね・スノープラウを取り付けた除雪車が主流になっています。
朝の一番列車の走る前・ダイヤの合間、鉄道の利点の一つである定時性を確保する大事な列車です。
冬以外は必要ないのが事実。
月潟駅に来られた方の中に黒い除雪車を「SLがいるよ!」と間違う人もチラホラ…
客車、日本唯一の電動貨車、雪国を支えたラッセル車。
三両とも大事な車両です。

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電車道 第九回

先日、万代橋の景観保全計画が策定された。
現在の橋の設置基準よりも欄干が20cm低いが、このまま改修せず維持される。
現在の三代目万代橋は、新潟交通の前身“新潟電鉄”の軌道を敷く計画があった。
昭和4年、軌道18尺(約5.5m)を挟んで、左右に車道15尺・歩道12尺ずつが確保され開通。
しかし、欄干と同様の御影岩(花崗岩)を使う軌道計画はなくなってしまった。
“萬の代(よろずのよ)まで”と命名された万代橋は、重要文化財に申請される。
もし鉄道が万代橋を走っていたら、きっと壮観だっただろう。

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電車道 第八回

浄土真宗の親鸞にまつわる新潟県の伝承。
『越後七不思議』
駅名にもある、焼いた鮒が泳いだ新潟市(黒埼)山田・焼鮒 
下へ枝が伸びる新潟市鳥屋野西方寺・逆さ竹 
繋ぎ目のある田上町湯田上了玄寺・繋ぎ榧
一つの花から八つの実京ヶ瀬村小島梅護寺・八房の梅、
幾重もの花びら 同所・数珠掛け桜
年に三度実った安田町保田孝順寺・三度栗
葉が片側だけ上越市(直江津)居多の浜・片葉の葦
七つ御存知でしたか?
※親鸞聖人と無関係ですが、越後で八番目に珍しいだろうと名付られた種なし渋柿新津・八珍柿もお忘れなく。

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電車道 第七回

かつて終点だった白山前駅から徒歩一分。
新潟市の白山公園。
今年で開園130年です。
白山神社周辺には松が多く“千本松原”と呼ばれていたそうです。
境内の周りや新潟市庁舎の松は昔の名残で残されております。
“白山公園”という唱歌も旧家から発見されました。
現在はサルや噴水も加わりましたが、歌詞の“紫の藤のはな・お山・お池のひごい”は明治の頃と変わらず公園に残っています。
周辺整備された歩道には碑が幾つか立てられ、新潟交通・白山前駅があった事も歴史の一つとして、写真付きで紹介されています。

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電車道 第六回

鉄道趣味と一口で言っても色々ある。
切符収集、模型が好き、写真を撮る“撮り鉄”、鉄道に乗る事が目的な“乗り鉄”などなど…。
月潟村に保存されている客車モハ11には“乗り鉄”が新潟交通の電車に乗ったぞ!という日付が幾つもある。
“47年1月8日 破”
(昭和47年1月8日 新潟交通電車線走破)
その頃はどんな様子であっただろう。
お客さんが大勢乗っていて、車掌さんも乗っていた時代。
電車は昭和41年に更新した新車で、関屋分水鉄橋は46年に作られたばかり。
ただし、その記録は窓枠に彫られてある…。

後記

窓枠の(破・日付)はガラス窓が破損した(又は入れ替えた?)日付であることがわかりました。
新潟交通の方であれ、鉄道ファンであれ、
傷をつける事は良くないことです。
しかし、新潟交通電車の走っていた証です

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電車道 第五回

梅雨が明けて暑くなってきました。
月潟駅に来て頂いた方から“電車の中がよく見えず残念だった”との声を頂く事があります。
太陽光で座席や車内の塗装が淡色化するのを防ぐために、常に日よけを下ろしています。
元は青い幕でしたが日焼けで灰色になってしまいました。
当時のままを保つため、御理解願います。
新潟交通に限らず、古い車両は木製の鎧戸が日よけとして入っていました。
遮光幕が上から下に降ろすのとは逆に、下から上へと引き上げて使います。
最終日まで在籍したクハ46には木製の日よけが入っておりました。

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電車道 第四回

先日は月潟祭り協賛・月潟駅開放にお越し頂きありがとうございました。
沢山の「懐かしい」という声を聞くと保存活動の甲斐と月潟村で保存されて良かったとの思いがします。
自動車社会に押されて鉄道が廃止になってしまう。
岐阜・名鉄谷汲線(01年廃止)の保存会の方も見に来られました。
私達の他にも志を同じくして頑張っている保存会が幾つもあります。
鉄道が走っていた事を地域に忘れられないように。
少しでも長く、あの頃の走っていたままであるように。
どの保存会も、今後の活動を模索中です。

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電車道 第三回

廃線後も電車が走っていた事を象徴する架線柱。
月潟村では月潟駅構内の数本だけになりました。
架線柱は一本毎に番号札が付き、架線や変圧器を支え、信号や速度制限等がつけてあります。
番号は起点の県庁前駅からでしたが、路線短縮後も番号はそのままで、変えずに使いました。
柱の大半が木製で、開業年の昭和八年と刻印のある柱もあります。
全長は約11m、地中で見えない部分は2m。
東関屋駅構内ではどっしりとした機器を載せた柱もあります。
ずっと電車を見てきた架線柱を、撤去される前に是非見上げてみて下さい。

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電車道 第ニ回

五月です。
毎年月潟駅では鯉のぼりをあげております。
近年は鯉のぼりをあげる家が減り、月潟駅に来た親子連れには鯉のぼりの泳ぐ姿が好評です。
今年は廃線跡の遊歩道工事のためにあげられませんが、また鯉のぼりをあげたいと思っております。
皆さまの家庭で眠っていて不用な鯉のぼりがあり、寄付して頂けるようでしたら当ホームページ管理人 丸山まで連絡お願い致します。
月潟村伝統芸能の角兵獅子を歌った故美空ひばりさんの「越後獅子の唄」の歌碑が遊歩道の駅付近に建立される予定になっております。
楽しみですね。

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電車道第一回

『線路は続くよどこまでも』

皆さん歌った事のあるご存知の歌ですよね。
この歌はアメリカ民謡に佐木 敏氏が作詞した歌です。
一番を歌うと分かる通り、新潟交通電車には越える野も山も谷もありません。
でも、二番の歌詞は電鉄にぴったりな気がします。

二.

線路は歌うよ
いつまでも
列車の響きを
追いかけて
リズムに合わせて
僕たちも
楽しい旅の歌
歌おうよ

線路は歌い、響かせる列車。
憧れた列車を追いかける。
列車が連れて行ってくれた楽しかった街。

皆さん、電鉄でどんな旅をしましたか?

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